2007年12月16日日曜日
2007年12月6日木曜日
2007年10月19日金曜日
田舎
えーと、二年会議とやらやったらしいね。はんちゃんにいつかやるからやる時には参加してねって言われてたけど、ちょうどそのあたりで、出かけてました。メインに田舎Zambales州のIbaのさらに田舎のちっこい農村に行ってきました。知り合いたずねて行ったんだけど、バス何本も乗り継いで、さらに車道から山道みたいなのを三十分くらい歩いてたどり着いたのは、すぐ横に海のある、とっても静かなマンゴーと米の村。面白くてきれいで写真撮ろうともうことは数多くあったのですが、あいにく持っていかず。
電気はぎりでと通ってるんだけど、水はしばらく歩いた田んぼの真ん中の手こぎポンプからしか取れない。毎日みんな水運んでる。海でべとついた体はポンプから直に洗う。田んぼの真ん中の水浴びはなんだか気持ちい。夜は真っ暗、星がほんとにたくさんで、山を思い出したり、にやにや。ここで小学生三兄弟と仲良くなって一緒に海いったり、近くをあちこち連れてってもらったんだけど、夜は、普通にお酒を飲んでました。静かで空気も良くて素敵なところなんだけど、住んでる人には退屈なところなのかもしれない。現に自分も三日目帰る日には飽きてきていたし。木の枝にくくりつけたブランコ、バスケ、海、手作りのかっこいいパチンコで魚打ち、いくつかの家にはテレビ。でも、それだけといえば、それだけみたいなもんだし、お菓子もあんまりない。やっぱりこの子たちも大きくなったら外に出て行ったりするのかなあって考えたりしました。
ちなみに米どころだけあってか米がむしょうにおいしかった。大人たちは農業の傍ら(苗植えと収穫時期以外はほとんどやることない)、近所の大養魚場に雇われ働いてるらしい。学校は車道まで出てさらにそっからまたしばらく歩いた、ずいぶん遠いところにあるらしい。
当初、ピナツボ火山とその傷跡を見に行くというのが予定のひとつだった。地図で見るとここらへんも案外遠くないみたいだったから、どうかな、って期待してたんだけどなんてこともなく、唯一異常だったのは、川ぐらいだった。そこで、アンヘレスってとこを目指すことにしたんだけど、途中、有名だし、仕方ないから寄っとくかって気持ちで、立ち寄ったスービックで長居することに。港にはアメリカのでっけー軍艦が停まってて、素直にかっこいーって思いました。甲板にはたくさんのアメリカ兵がいてボールを投げたりして遊んでる人たちもいました。夕暮れ時になると、僕のいた港公園みたいなところのフィリピン国旗を降納するため、警官がやってきて、僕も起立させられました。ふーん、こんなもんかあって思ってたら、今度は船の上でもそれがはじまり、アメリカ兵たちは敬礼、星条旗が降ろされていくのでした。なんだか、この場面が妙におもしろおかしかったです。最近フィリピンでは、愛国教育みたいのが重要視され実行されてるようです。英語に支配され(実際、現地の人は現地の言葉で会話することが多いのですが、それでも、英語の権力、権威は脅威的なのです)、アメリカ文化に染められそうなフィリピンに不安を抱く人たちも少なくないよう。
ちなみに、その夜泊まったのは、そこの港で知り合った、兄ちゃんち。もちろん前のこともあったし、結構警戒はしてました。今日ここを発つつもりだって言ったら、今日泊って明日の朝行けばいいじゃんっていう兄ちゃんに、もうなるようになれって思ってついていきました。警戒するのもいいけど、あんまり警戒ばっかしてたら面白くないだろ!結果的には、何事もなくて、また来いよなーって別れました。今になっては、あの時あんなに疑ってた自分が恥ずかしいくらいです。出されたコーラも溶かし込んだものが見えにくいように黒い飲み物にしたのか、って思ったりとか笑。
さらに、面白いのが、この家族。姉ちゃんがアメリカ人の夫持ち(さすがスービック)で、その姉と母親は一年の大半をアメリカで暮らしてるらしい。で、この兄ちゃん自分もアメリカ行けばいいのに行ったことないのには理由があって、彼、シャブも扱う真珠売りで、過去三回窃盗とかで投獄されててパスポート下りないそうな。笑。これ初めに聞いてたらさすがに行かなかったけど、家に行ってから聞かされたんじゃ覚悟決めるしかないよね。母親は、うちは何にもトラブルがなくて、良い家族なんだって妙に連呼してたのが逆に超怪しかった。ちなみにちなむと、この家を含むそこらへんは数少ないイスラム教の集落でした。
2007年9月28日金曜日
天気は来た頃とさほど変わらない
なんだか最近僕の人生にはいろいろ変化が起きています。家にいる時間が少なくなった。言葉の壁が薄くなった。と同時に、言葉だけじゃないコミュニケーションの重さ、ってかおれにはそれができるんじゃないかって思い始めてる。それから、みんな(君たち四人のことね)が帰った後、ホームシックみたいのをぎゅーと感じた。ホームシックでしょ、って言われて、いいや絶対違うって思ってたんだけど。さらに、その気持ちもまた消えてきたり。夜中メールする人ができたり。
おれ結構自分がフィリピン人になってきたと思います。なんかもう、一人暮らしもできそうなくらい。実は一つめぼしいところがあったので今度見に行ってみようと思います。
来週くらいで、初めの学期は終わります。だから今は、みんなレポートやら、試験やらでてんてこ舞いのはずなのに、僕はなぜかたまたま、そんなのがない授業ばっかで、のほほんとしています。むしろいろいろ課題与えられても良かったなくらいの気持ち。ま、そんなのは置いといて、問題は、そのあとはじまるsemester breakなのだ。一か月近い休み。学校の人はみんないろいろ計画立てたりしてるらしいんだけど、俺どうしようかなー。
ところであんたの人生最近どーなのよ。夏休みって、終わる時、ありゃもう終わってる、って空しくなるのが唯一の欠点だと思う。で、そこにきて、やっぱり一日一日を大切に生きたいねってことになる。
今ふと思ったこと。西きちの部屋って変わってないの?俺の知ってるやつと。今度、変えてみれば?配置とか、掃除とか。
2007年8月31日金曜日
時の流れは
これ書くのずいぶん久しぶりだなあ。チノっていう、うちの犬に子どもができました。チノは薄汚れてきてるけど、その子は真っ白まっさらです。ちなみに茅野夫人はまだ入院中です。名前はまだありませんが、ちんこがあるから男の子です。今日そいつにベッドの上でうんこ+おすぃっこされました。だけど、むちゃくちゃかわいい。誰かが僕に、てか集中くればいいじゃん、ふつーに。と言いました。よく考えれば不可能ではないんだけど、僕は半ちゃんじゃないし、それはやっぱりできません。でもそんな週末に限って、宿題とプレゼンの準備以外にさほどやることもなくダラダラしてしまう週末になってしまうもの。雨が降らない限り僕は絵を描きます。今でかい絵を描いています。近いうちにやりたいことがあります。それは、道路に絵を描くこと。殺伐としたアスファルトの上に。早稲田でもやろうかな。
そうそう先週末PangasinanのDagupanの友達の家に行ったって言ったよね。そこで、その友達の甥と姪にあたる子供をはじめとする子供たちと仲良くなった。大家族が大きな家に住んでる。で、子供は英語が全く分からないから、意思疎通は苦労したけど、かなり打ち解けた。言葉だけじゃないね。姪のメイとは別れるのがつらかった。子供の笑顔って本当に世界で最も美しいものだと思います。。
フォレストガンプ話もきれいだし画もきれいだよね。あれはどう考えても面白い映画だ。最近見てないから、若干おぼろげだけど。ちなみにフォレストガンプの小説の日本語版の訳は、インドに住んでた時の友達のお母さんの小川敏子って人のものだったと思う。ほんとどうでもいいけど、今でも名前覚えてる。奇遇にもLetters from Ioujima おれも最近見た。UP Film Instituteっていう大学内にある映画館で。なかなかでかい。
登録:
投稿 (Atom)


